大喜直彦

幕末・明治初期にかけて、明治政府は近代化を目指し、極端な西欧化政策に舵を切りました。その結果、江戸時代までの日本社会に成長してきた諸々の事象が否定的に位置づけられ、西洋のものやその思想がよいと誤解され、以後の日本社会に大きく影響を及ぼしました。 本来、日本人の信条は自然との共生でした。その根底には、古来自然は神仏との認識があったからです。神とは人知の及ばない畏るべきものでした。それは雨、雷、風、蛇、動物などつまり自然そのものなのです。そしてこの神はやがて仏教の仏と習合して融合していきます。 同時に近代化する社会は、合理的な考え方を強制するようになっていきました。合理化が進むと、自然は不思議なものではなくなり、ますます神仏の世界から切り離されていくのでした。 自然に勝つこと、それが「進歩」、この考えが人間社会にも持ち込まれ、勝つことが正しく、負けた側には目もくれず、さっさと進む、それが「進歩」と考えたのではないでしょうか。